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基調講演
Sarah Pink
モナシュ大学 特任教授、Emerging Technologies Research Lab FUTURES Hubディレクター
AIをはじめとする新興技術が未来像を強く方向づける時代において、私たちはどのようにありうる未来をともに想像し、複数の未来をつくっていけるでしょうか。このKeynoteでは、人類学者Sarah Pink氏(モナシュ大学)が、効率化や最適化を軸とする支配的ナラティブから距離を取り、未来を「感じ、体験する」ための足場として「到来予期的インフラストラクチャー(Anticipatory Infrastructures)*」という概念を提示しました。さまざまな存在や関係性に根ざす非線形な時間性と、変容や潜在性を包摂する未来を構想するための出発点が示されました。
*本稿では、Pink氏の提唱する "anticipatory infrastructure" の訳語として「到来予期的インフラストラクチャー」を採用する。Pink氏は未来を確定的な予測の対象ではなく、不確実で混沌とした可能性(messy possibilities)として捉えている。この理解は、ジャック・デリダが論じた「到来するもの(l'avenir)」の概念―すなわち、現在の延長線上に位置づけられ計算可能な「未来(le futur)」とは異なり、あらかじめプログラムされた予定(program)としてではなく、予測不可能性を孕みつつ不意に到来する「他者」や「出来事」—と響き合う。この予測不可能性を引き受け、それに応答しようとする実践的な「構え」を示す語として、上記の訳語を用いる。
Pink氏のKeynoteは、Acknowledgement of Country(先祖伝来の土地やオーストラリアの先住民への敬意の表明)から始まり、未来を語る際にはその未来が「すべての人のためのもの」でなければならないという前提が示されました。未来は単一ではなく、人間だけのものでもありません。この視点は、未来を計画や予測の対象としてではなく、さまざまな存在や時間の関係性の中で立ち現れるものとして捉え直す出発点となっています。
こうした立場は、Pink氏の人類学的な問いとも深く結びついています。彼女の研究の中心には、「私たちはどのようにして、ありうる未来を感じ、体験できるのか」という問いがあります。未来を想像(創造)するという行為は、頭の中で構想するだけの知的作業ではなく、感覚や感情を伴います。しかし同時に、未知の未来を直接想像することは難しく、過去や現在の経験を手がかりにするほかありません。だからこそ、未来を思考するための「インフラストラクチャー」が重要になります。

この問いに対してPink氏は、「到来予期的インフラストラクチャー(Anticipatory Infrastructures)」という概念を提案します。これは、未来を我々が向かう先の確定した地点としてではなく、不確実で混沌とした可能性(Messy Possibilities)として感じ取るための足場(物語、関係性、実践、技術も含むインフラ)となるものです。
Pink氏は、到来予期的インフラストラクチャーの具体例としてCDW2025の長浜でのフィールドワークの中で体験した「着物の解体」をとりあげます。着物の縫い目をほどく行為は、単なる素材加工ではありません。それは、かつてその着物を縫った女性たちの身体や生活、時間と直接つながる行為であり、過去を現在に呼び戻します。同時に、その布が未来にどのような衣服となり、どのような人の身体に触れるのかを想像・予期させるのです。
ここで重要なのは、着物が決して一つの完成形に固定されないという点です。着物は解体され、再構成され、別の衣服へと変化していきますが、その過程で過去との関係性が消えることはありません。循環性とは、物が静的な状態から次の状態へ直線的に移行することではなく、複数の時間性との関係性を内包したまま、揺れ動き続ける状態を指します。このような循環的実践そのものが、未来を感じ取るための到来予期的インフラストラクチャーとして機能しているのです。

現代の社会では、新興技術、とりわけAIが社会において強力な到来予期的インフラストラクチャーとして機能しています。しかし多くの場合、それらは問題解決や効率化を前提とした、線形的で単純化された未来像を促進する方向に働きます。自動運転車が事故をなくし、社会を進歩させるといったナラティブはその典型的な例といえます。
Pink氏の提案は、こうしたテクノロジー主導の支配的ナラティブに従うのではなく、「テクノロジーと共に考える」ことです。ありうる循環的な未来の想像を可能にするためには、技術に未来を決定させるわけでも排除するわけでもなく、技術を私たちがすでに持っている感覚的な世界の一部として捉え、共に未来を考えるための要素として再配置する必要があるでしょう。
思索的な試みとして、Pink氏は量子技術が秘める可能性を提示します。量子ビットが0と1のどちらにも確定しない潜在的状態を持つように、先述した着物もまた、固定された完成形を持たず、解体と再構成を通じて常に別の何かになる可能性を秘めています。また、「量子もつれ」が示すように、一度結びついた関係は時間や空間を超えて持続します。これは、着物が形を変えても、過去の作り手や所有者の記憶、意味、関係性を内包し続けるあり方と重なります。こうした量子的な世界観は、サーキュラーデザインが扱う非線形な時間性と変容の理解を支える新たな到来予期的インフラストラクチャーとなり得るのではないかという仮説の提示でこのKeynoteは締めくくられました。

一つの語りに委ねない未来のつくり方
過去や現在の実践や関係性を通してこそ、私たちは「ありうる未来」を想像できるのだとすれば、問われるのは、そのためのインフラをいかにともに編み、どのような質を持たせられるのかという点です。
Pink氏が指摘したように、AIをはじめとする新興技術は、効率化や成長へと向かう未来を、あたかも唯一の進路であるかのように私たちに感じさせます。しかしそうした未来は、必ずしも社会や地球にとって望ましい未来を導くわけではないでしょう。他方で、このようなテクノロジーはすでに私たちの現実世界の経験や想像力を形づくる要素でもあります。Pink氏が量子的世界観を思索的な装置として参照したのは、未来を単線的な進歩ではなく、複数の時間や関係が絡み合う非線形なプロセスとして捉え直すためであり、循環型社会を構想するためのインフラへとテクノロジーそのものの世界観をもシフトさせていく点で示唆的です。
もう一つ鍵となるのは、近代的テクノロジーの語りと、風土や生活実践に根ざした世界観との混ざり合いに目を向けることかもしれません。近代的テクノロジーが消えることはなく、それ自体が単純な善悪で割り切れるものでもないとすれば、それらをもまた到来予期的インフラの一部として編み込みつつ、支配的ナラティブに回収されない実践を積み重ねていくことが求められます。今回訪れた長浜で活動する「発酵おかん」こと「すくらむ」の皆さんは、近代の産物であるスマホやオープンチャットツールを活用し、生活の中でつくる発酵食品のレシピの記録や活動の報告、食べ方の共有や相談などを行っていました。遠方のファンも巻き込んだコミュニティがつくられ、知恵のアーカイブ化が進められていたのです。これらの実践は、ひとつのテクノロジーも風土や世界観と一体となることで、新たなものへと変貌することを示す事例といえます。
さらに、この議論は寺田匡宏氏がセッション6で提示した「フューチャー風土」とも共鳴します。テクノロジーの多様性を認めながら育んでいくことで、「近代テクノロジードリブンな唯一の未来」ではない複数の未来、そしてそのための到来予期的インフラストラクチャーが生まれるのではないでしょうか。
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Pink, S. (2015). Doing Sensory Ethnography (2nd ed.). SAGE Publications.
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Pink, S. (2022). Emerging Technologies / Life at the Edge of the Future. Routledge.
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寺田 匡宏(編)(2025)『フューチャー風土–––ひと、いきもの、思考する機械が共存在する未来』京都大学学術出版会.