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Fieldwork Day 1
伏見は京都市の南端、緩やかな桃山丘陵の麓に位置し、宇治川・鴨川・桂川という三つの川に囲まれた、起伏に富む土地です。琵琶湖と京都盆地から涵養される地下帯水層を抱え、地下には琵琶湖に匹敵するほどの水量が蓄えられているとも言われています。いわば巨大な「水盆」なのです。この地下から湧き出す水は鉄分をほとんど含まない、やわらかくミネラルバランスの取れた水で、酒造りに理想的な性質をもっています。地名「伏見」には「隠れた水」という意味があるとも言われています。その名のとおり、伏見の地下には豊かな地下水脈が広がっており、これこそが伏見を酒どころとして発展させた最大の理由だったと言えるでしょう。 一方で伏見は、古くから水陸交通の要衝としても重要な役割を果たしてきました。江戸時代には、京都と大阪を結ぶ水運の拠点として栄え、16世紀末に豊臣秀吉が伏見城を築いたことで城下町 として発展していきます。こうした地理的優位性は、米や樽材など酒造に必要な原料の調達を容易にしただけでなく、出来上がった酒を各地へと送り出す流通の基盤ともなったのです。
月桂冠、そしてこの酒蔵が根付く伏見のまちでは、「ハレ」と「ケ」が分かちがたく共存し、当たり前のように行き来する日常が営まれています。酒は古来、神への捧げ物として生まれた呪物であり、本来はハレの儀式のためのものでした。月桂冠は、その起源と精神性を保ちながら、時代ごとに生きる人々の暮らし、すなわちケの時間へと酒をインストールしてきた酒造であるといえます。
20世紀初頭、研究所を設立し、科学的根拠にもとづく酒造りを始めたことは先進的な試みでした。それは、近代的な時間感覚に対応した酒造りの方法を編み出す大きな転機でもありました。しかし、合理化が進むなかでも神秘は失われていません。酒蔵の内部には、しめ縄と紙垂(しで)によって区切られた「聖域」があり、ガラス越しに麹が静かにその役割を果たしています。
今回は幸運にも、酒造りの一年の始まりを告げる儀式「お火焚き祭」に立ち会うことができました。数百年にわたり変わらず続けられてきた営みの時間に身を委ねる一方で、周囲に立ち並ぶコンクリートのマンションや室外機の音に、ふと現代の時間へと引き戻される。その往復のなかで、日常と儀式、現在と悠久が重なり合う、特別な時間を体感しました。

お火焚き祭の様子
酒造りは、人間が主導して設計する営みというよりも、異なるスケールの循環やリズムに「合わせていく」行為の集積だと言えます。そこには、数十年単位の大きな自然の循環から、年ごとの季節の移ろい、さらには麹や酵母といったミクロな存在の活動まで、複数の時間性が重なり合っているのです。
まず最も大きなスケールにあるのが、水の循環です。山に降った雨が地下に浸透し、町を潤し、やがて川を通って海へと流れ出ていくまでには、4〜5年、長ければ10年ほどかかると言われています。人間の感覚からすると長いですが、地球規模で見れば比較的早い循環といえるでしょう。この水の移動は時間的なプロセスであると同時に、空間的な広がりをもつ現象でもあります。
水の性質を左右するのは、地下にとどまる時間の長さだといいます。地中での滞留時間が短ければ岩石と接する時間も短くなり、ミネラル分をあまり含まない軟水となります。逆に、なだらかな地形でゆっくりと流れる水は、ミネラルを吸収しながら硬水へと近づいていくのです。京都の水が「やわらかい」と言われるのは、この地形と地下水の循環のあり方によるものです。月桂冠の庭先に湧く水を口に含むと、その驚くほどの柔らかさが実感できます。

月桂冠酒造の中庭にある井戸から注がれる水
次に、中間的なスケールとしての年単位の循環があります。四季の変化に応じて酒造りの工程が組み立てられ、気温や湿度の揺らぎに人間の営みが調律されてきました。これは毎年繰り返されるリズムでありながら、決して同じにはならない「変化を含んだ反復」だといえるでしょう。
そして最もミクロなスケールに位置するのが、麹や酵母といった微生物の活動です。8〜9世紀に麹の技術が伝来して以来、日本の酒造りは、これら微生物のリズムに人間が身を委ねる形で続いてきました。蒸した米に麹菌の胞子を振りかけると、そこから約48時間かけて菌が増殖し、育っていきます。この工程は今でも酒造りの中でもっとも手がかかるものです。
麹は微生物であり、昼夜の区別なく活動します。そのため人間は、夜中であっても付き添い、育ちが悪ければ温度を調整するなど、細やかな手入れを続けなければならなりません。ある意味で酒蔵は「微生物センター」であり、人間は麹や酵母のために働いている存在とも言えるでしょう。
このように酒造りとは、大きな水の循環から、季節のリズム、そして微生物の呼吸に至るまで、異なるスケールの時間と空間を行き来しながら調律していく営みなのです。小さなものと大きなもの、その間に立つ人間が対話を重ねることで、一本の酒が生まれています。このような大小さまざまな循環を、それぞれ妨げることなく共存させるための「気配り」を続けているのだと、月桂冠副社長で十五代目となる大倉泰治氏が語っていたのも印象的でした。
伏見を訪れたのはフィールドワークの初日。参加者同士が初めて顔を合わせる日であると同時に、場に対する感受の仕方そのものを調律していくための一日でもありました。フィールドワークでは、Maker, Watcher, Asker という三つの役割を設定し、同じ場や出来事に対して異なる仕方で関わる「感応メソッド」を用いました。重要なのは、三役それぞれの動作や注意の向け方が、他者の感覚を刺激し、時にずらし、重ねていく点にあります。
お火焚き祭に参列し、酒蔵ミュージアムを見学し、日本酒を試飲させていただき、製造責任者からのお話を聞いたあと、私たちは7つのグループに分かれて、月桂冠周辺へと繰り出しました。各グループには、repeating、anticipating、careなど、いくつかの「アングル」が与えられ、それを手がかりに場へとアクセスする探索的な歩行が行われました。これは対象を分析的に切り取るための視点というよりも、場との関係の結び方をあらかじめ少しだけ方向づけるための装置として機能しました。
repeatingのアングルで伏見を歩くグループ。指で繰り返し壁をなぞり、手触りから、そこに流れてきた時間を感じている。
歩きながら三役の動きが絡み合い、言葉になる前の微細な気づきが、会話や身振りを通して共有されていきます。ただ同じ時間・同じ場所にいるのではなく、同時に感じ、感覚を重ねていく。その過程で、ふと空気が変わるような「突破の瞬間」が立ち上がる場面も、いくつも生まれました。それは、一人で考えていてもなかなか見えてこない風景だったと思います。
短時間のフィールドワークの後は、グループごとに一つの表現としてまとめていきました。アウトプットは多様で、1分程度の映像としてまとめられたものもあれば、お火焚き祭で舞い上がった灰、道に落ちていた葉、拾い集められた酒のキャップなど、その場から切り取られた断片を用いた絵葉書もありました。
落ち葉を重ねて、絵葉書を作るグループ
共有の方法もまた、このフィールドワークの思想を体現するものでした。1グループの発表を全員が静かに聞くスタイルではなく、赤間氏が「学びと共有の群島」と名付けた形式が採用されました。それはポスターセッションのような方法で、各グループに残った一人が感応のプロセスとアウトプットを共有します。それが7箇所で同時に展開され、話し手と聞き手も複数回のセッションの中で入れ替わり、親密な対話が繰り返されました。そして群島を人が巡り、対話が連鎖するなかで、伏見という場がもつリズムや厚みが、集合的に浮かび上がってきました。

学びと共有の群島の様子
水の循環、季節の反復、微生物の呼吸といった異なるスケールを調律する酒造りと同様に、このフィールドワークもまた、人と人、人と場のあいだに流れる感覚のリズムを、複数の人々と共に調えていく試みだったと言えるでしょう。
大倉泰治さん
月桂冠株式会社 代表取締役副社長
田中伸治さん
月桂冠株式会社 総務部広報課
山中洋祐さん
月桂冠株式会社 製造製造本部 醸造部長
その他、月桂冠株式会社の皆様