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Fieldwork Day 2

長浜

長浜は、日本最大の湖・琵琶湖の北東部に位置する地域です。琵琶湖は、およそ100万年前に堅田湖を前身として誕生し、長い時間をかけて東へと移動しながら北へ広がり、約40万年前に現在の姿になったとされています。以来、この湖は京阪神地域の重要な水源であると同時に、水運の要として周辺の人々の暮らしを支えてきました。また、多様な生態環境を内包し、魚類17種を含む62種もの固有種が生息するなど、母なる湖「Mother Lake」として親しまれています。冬に冷えた表層の酸素豊富な水が湖底まで沈み込み、湖全体の酸素量と水温が均一になる全層循環は「琵琶湖の深呼吸」と呼ばれ、年に一度深呼吸の観測が報道されると地域の人々は安堵すると言われています。 その琵琶湖の「てっぺん」にあたる場所に位置するのが、かつて近江国に属していた木之本町です。町のすぐ西には、「賤ヶ岳の戦い」の舞台となった賤ヶ岳があり、戦国時代の武将たちの足跡が色濃く残る土地でもあります。さらに江戸時代になると、京都と北陸を結ぶ北国街道の宿場町として栄え、参勤交代で京都へ向かう大名たちもここに滞在しました。

風土そのものが受け継ぐ知

木之本では、縦(時間)にも横(空間)にも広がりを持つ知恵や記憶が、一人の人間の時間軸を超えて残るモノや日常の中の行為を通じて受け継がれていることが感じられます。
400年以上の歴史をもつ酒蔵や、再建後も200年以上にわたって建ち続ける本陣薬局が軒を連ねる木之本のまちを歩くと、教科書の中に閉じ込められていたはずの長い時間が、現代にそのまま息づいているような感覚に包まれます。その積み重なった時間の気配に圧倒されつつ、まず訪れたのはまちの中心に佇む真宗大谷派の明楽寺。その台所で快く迎えてくれたのは、坊守を務める藤谷法子さんでした。法子さんのもとに集い、この台所を拠点に活躍しているのが、代々女性たちによって受け継がれてきた発酵食の味と知恵を広めるグループ「すくらむ」のおかんたちです。木之本の各家庭で育まれ、法事など地域の食の場を通して混じり合い、変化してきたレシピ。天候やその時期の食材、時代によって移り変わり、おかんたちの日々の食卓に並ぶものが「おかんの発酵便」やワークショップを通じて、いまを生きる人びとの暮らしへと手渡されています。

明楽寺のお台所にて、すくらむの活動について説明する藤谷法子さん

大豆をすりつぶす手動の機械など、見慣れない道具が並ぶ台所の奥に進むと現れる広大な土間の一角には、たくさんの壺が。法子さんが「(微生物が)一番好きな場所」と語るこの一角には、地域の人々も自ら仕込んだ食べ物を持ってきては、お世話をしに戻ってくるといいます。中にはすでに亡くなったおかんが仕込み、すくらむのおかんが毎年掘り起こしては漬け直し、手入れしてきた10年ものの真っ黒な木之本漬けもあります。言葉にならない味や手間が世代を超えて壺ごと受け継がれ、じわじわと発酵し続けているのです。

微生物が好む土間の角に集められた発酵食品

数年間漬けられた木之本漬けを味わう

漬物よりもはるかに長い月日を地中に埋められ、掘り起こされ、そして今もなお人々に愛され続けているのが、近くの黒田安念寺に安置されている「いも観音様」です。深緑の草木に囲まれた小さなお堂の中には、ボコボコとしたかたちの十体の菩薩が立ち並んでいます。いも観音様は、平安時代から人々を見守り、戦国時代には兵火を逃れるため田んぼの中に隠され、江戸時代に再び掘り出されました。その際、余呉川で芋のように洗い清められたことから、この名で呼ばれるようになったと伝えられています。少し前まで、子どもたちが浮き輪代わりにして川で遊んでいたというお話は、この観音様がいかに人々の暮らしのそばにあり、親しまれてきた存在であったかを物語っているでしょう。

黒田安念寺のお堂にて、對馬佳菜子さん・藤田道明さんのお話を聞く

これらが教えてくれるのは、知や記憶が、明確な言葉として整理され、連続した時間軸の上で一方向に受け継がれるだけのものだけではないということです。建物・お漬物・仏像といった触れられるモノや繰り返される暮らしの行為を通じてふと思い出され、再び別のかたちで立ち上がってくるような、風土そのものが担い手となる継承のあり方が浮かび上がってきます。

「過程」からうまれゆくもの

「過程」そのものを大切にした時、生まれゆくものの豊さも木之本での学びの一つです。
お昼に移動した先の農村婦人の家赤谷荘では、出版活動のかたわら、琵琶湖の魚を用いた発酵食を扱う丘峰喫茶店を営む堀江昌史さん、地域の食文化を研究・継承するTsunaguの皆さん、箪笥に眠る着物を新たな衣服へとつくり変える仕立屋と職人のワタナベユカリさんと職人の皆さんの、それぞれの普段のお仕事に少し混ぜていただきました。
学校の家庭科室を想起させる台所では、堀江さんやTsunaguの皆さんにならいながら、お昼にいただいた熟鮓(なれずし)のお米の部分「飯(イイ)」を用いて夕ご飯に食べるカレーやフリッター、チーズケーキへとワイワイとつくりかえます。

家庭科室のような赤谷荘のお台所で一緒に夕食を作る

熟鮓の飯(イイ)を使ったチーズケーキ

一方2階の和室では、ワタナベさんが思い出とともに受け取った美しい着物を解き、アイロンをかけ、シャツへとつくりかえるための適度な幅へと裁断していきます。余ってしまった布も最後まで使い切り、上質な紙へと仕上げる実験も進んでいるといいます。全てのモノ、素材は何かの過程にあり、また別の驚くような何かへと姿を変える潜在性を秘めているのです。

机を囲んで着物を解いたり、裁断する様子

こうした潜在性を引き出すのは、その場に集う人やいきもの、モノ、物語に委ねる姿勢でした。農家のお嫁さんなど、普段から多様な人びとが仕事に関わっているという、仕立屋と職人さんたちの生産のプロセスもその一例です。私たちが一つのちゃぶ台を囲み着物を解いた際も、布を扱う手つきや、「スルスル、ブチっ」と系が抜かれていくリズムも様々でした。夕ご飯のサラダ用にと、堀江さんが教えてくれたゆず塩麹ドレッシングにも、その姿勢を感じます。使う材料は塩麹、オリーブオイル、ゆずの搾り汁ですが、配合に決まりはありません。担当した3人が自らの感覚で作ったドレッシングはそれぞれに異なる味わいでした。今回長浜の色々な人や場に私たちを繋いでくれた荒井恵梨子さんが、最後にさっと作ってくれたモヒートは、木之本の山路酒造の桑酒に、たまたま手に入ったバジルを加えたもの。委ね、委ねられることで生まれていたのは、その場にしかない特別で新鮮なモノだけでなく、歪さや違い、変化を抱擁するあたたかさでもありました。振り返ってみれば、土、水、空気、そしてたくさんの人やいきものに触れられ、丸みを帯びた芋観音様の表情も、柔らかさをかもしていたように思われます。

着物を解く手つきは、かたちもリズムも人それぞれ

塩麹とゆずのドレッシングを作る様子

目に見えないものを繋いでいくための場と時間、それらをつくる仕組み

長浜では何より、簡単に言葉にはできないもの、目には見えないものをつないだり、過程を大切にするために必要な場や仕組みについてもヒントを得ることができました。
例えば仕立屋と職人の「シャナリシャツ」の事業の仕組み。ワタナベさんが地域内外の人から寄付として引き取る着物の多くは、代々各家庭で受け継がれ、普段着や晴れ着としてその袖を通されてきたものです。現代あまり着る機会がなくなってしまった着物でも、大切にされてきたものをリサイクル業者に売ったり、回収ボックスに放り込んでしまうのは少し心が落ち着かないでしょう。仕立屋と職人では、こうした着物が積んできた想いに向き合うため、着物の寄付者が書き込める「思い出シート」をつくり、ラベルを通じて着物がどのようなシャツへと生まれ変わったかを辿ることができるようにしています。着物を持ち寄ってくれた人がしっかり着物とお別れをし、着物が成仏するための過程と場を事業を通じてつくっているのです。しかしそれは同時に、信頼関係を紡ぐことで初めて成り立つ事業とも言えるかもしれません。

仕立屋と職人の仕組みについて、ワタナベさんに説明を受ける様子

1日の後半を過ごした赤谷荘もまた、そうした場の一つです。元々1980 年、​農村女性の​地位の​向上や、​栄養状態の​改善を​目指す活動の​拠点と​して​開設された​施設でしたが、家庭や地域の行事で共有されてきた郷土料理を学び、開発するまた別の場として親しまれてきました。2023年に一度は長浜市から民間企業の手に渡りましたが、管理運営が難しく、2024年には惜しまれつつ閉館。湖北地域や琵琶湖の味をつないできた大切な場を残すべく、2025年夏に堀江さんやTsunaguの皆さんで引き取り、運用を再開したばかりの時にお邪魔させていただいたのでした。
嫁姑の関係や地域の行事が薄れつつある時代に、こうした味をつくる技術や知恵が発酵できるような場と時間は、発酵おかんたちが活動する明楽寺にも整えられています。法事の際におかんたち食事を用意していたというお寺の台所や土間、お店での外食の際にも家の漬物を持ち寄り知恵を共有するというおかんたちの習慣を土台に、LINEのオープンチャットグループでの生活の共有や発酵便の活動、クラウドファンディングといった新たなコミュニケーションインフラを通じて木之本外と接続させているのが特徴です。こうした仕組みのもと、様々な知恵が交じり生まれた発酵サンドイッチのレシピや味わいが、きっとどこか遠くの世代まで大切な何かを残してくれるのではないかと想像します。
論理や経済、時計の時間によって、滞ってしまう・埋もれてしまうものが再びめぐることができるような余地がつくられているのです。

執筆者

田北雛子

株式会社リ・パブリック

お世話に​なった​方​々

※フィールドワークでの​登場順

  • 荒井恵梨子さん

    合同会社kei-fu代表

  • 木之本ボランティアガイドの皆様

  • 藤谷法子さん

    明樂寺坊守・すくらむ代表

  • 對馬佳菜子さん

    文筆家・地域文化コーディネーター

  • 藤田道明さん

    安念寺いも観音保存会代表

  • ワタナベユカリさん

    仕立屋と職人代表取締役

  • 石井挙之さん

    仕立屋と職人代表取締役

  • 堀江昌史さん

    能美舎・丘峰喫茶店代表

  • Tsunagu の皆様

  • 仕立屋と職人スタッフの皆様